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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)2568号 判決

控訴人 原告 南隅昇

訴訟代理人 山本繁雄 外一名

被控訴人 被告 東亜石油株式会社

訴訟代理人 黒沢子之松 外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴会社の昭和三二年三月一九日開催の臨時株主総会における、昭和三二年六月一日を払込期日として新たに発行する額面及び発行価格一株各金五〇円の記名式額面普通株式一、五六〇万株中、一二〇万株の引受権を同会社の役員及び従業員に与える、旨の決議を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の主張は、被控訴代理人において別紙書面記載のとおり陳述し、控訴代理人において、別紙準備書面記載のとおり陳述した外は、原判決の事実に摘示するところと同一であるから、これを引用する。

理由

商法第二四七条による本件株主総会決議一部取消の訴が形成の訴であることはいうまでもない。しかして、形成の訴は権利関係の変更を請求し得る旨法律に規定される場合に限つて提起できるものであるから、その出訴要件に該当する限り、一応訴の利益ないし必要性は認められてしかるべきである。しかし、形成訴訟においても、形成の利益ないし必要性の存在が権利保護の要件をなすことはいうまでもないから、形成判決をしても、何ら具体的に実益がない場合には、その出訴要件を具備していても、その訴の利益を欠くに至ること勿論である。

ところで、本件株主総会において決議された株主以外の第三者に対する新株式がすでに発行ずみであることは控訴人の明らかに争わないところである(株主に対する新株式が発行ずみであることは弁論の全趣旨により認められる。)から、右新株が発行せられた後においても、なお右決議の取消を求める訴(控訴人は本件訴訟において、原審以来決議の取消のみを主張しており、本訴を新株発行無効の訴と解する余地はない。)の利益があるかどうかが問題となる。被控訴人はかかる場合には訴の利益がないと主張するのに対し、控訴人は右の場合でも、株主総会決議取消の訴が認容せられるにおいては、既に発行ずみの新株は無効となる効果を生じ、又右訴は瑕疵ある決議をなさしめた取締役及びこれと通謀してなした新株引受人に対する責任追求の前提をなすものであるから、いずれの点からみても、本訴の利益があると主張する。よつて本件訴の法律上の利益の有無につき以下検討する。

まず、新株発行後に株主総会の決議が取り消された場合、これに伴い新株が無効となるか否かについて考えてみるに、もしこの場合控訴人主張のように株主以外の第三者に発行せられた新株が無効とせられるならば、会社の株式が流通する際に、株主以外の第三者に発行せられた新株と株主に発行せられた新株とを区別するため、その取引の都度会社に照会せざるを得ない等到底その煩に堪えない状態を惹起するに至るであろうし、又既に流通におかれた無効新株を爾後いかに処置すべきかの困難な問題を生ずるに至るべく、仮りに新株発行無効の訴における無効判決の際の処理に準じて、新株券の回収措置及び新株に対する払戻措置が講ぜられるべきものとしても、これによつて取引上の安全が害されること多大なものがある。他方、新株発行に当つて要求せられる株主総会の特別決議及び株主の新株引受権の性格を吟味するに、成程株主以外の第三者に新株引受権を与えるためには所要事項につき商法第三四三条による株主総会の特別決議に基く授権を必須とするが、元来新株発行は定款に特別の定めがない限り、取締役会が決定し得べき事柄であつて、右株主総会の決議は取締役が権限を濫用するのを防止するため設けられた対内的な要件にすぎないし、又第三者に対する新株引受権の付与は現存株主の会社支配及びその財産関係に重要な影響を与えるとはいうものの、現行商法は授権資本制度を採用し、この機能を十分に発揮させるため、前記のように新株発行を原則として取締役会の権限に属せしめ、株主は取締役会によつて新株引受権を与えられる場合を除き、当然には新株引受権を有しないとしたのであつて、新株発行の際考慮せられるべき株主の利益は控訴人主張のようにしかく絶対的なものとはいえない。しかも株主は、新株発行前においては、会社の不公正な新株発行によつて不利益を受けるおそれがあることを理由として新株発行差止の訴を提起することができ、要すれば本案訴訟の提起前と雖も仮処分命令を得て株式の発行を差止める途もある。更に新株発行後においては、後述するように法令に違反して新株を発行した取締役及びこれに関与した新株引受人に対する責任追求の方法が認められ、又新株発行に法律的瑕疵があつてその発行の効力が認め得ない場合には新株発行無効の訴の提起も認められ、もつて株主の権利行使に遺漏なからしむるよう配慮がなされている。以上のように彼此考量して見ると、たとえ株主総会の決議手続に瑕疵があり、これが取り消されたとしても、取引の安全上既に発行せられた新株は無効にならないと解するのが相当である。このことにつき、新株発行無効の訴において、既に新株が発行せられている事情を考え、その無効原因は厳格に解すべきものとされ、たとえいちじるしく不公正な方法又は価額で株式が発行せられた場合、又は引受人と通謀していちじるしく不公正な発行価額で株式が発行せられた場合と雖も、これをもつて新株発行自体の無効原因とはならず、これに関与した取締役等の責任を生ずるにすぎない、と一般に解されていることを想起すべきである。しからば、新株が発行されていない場合はさておき、既に新株が発行ずみである本件においては、今更ら本件株主総会の決議を取り消してみても、新株の効力には何らの影響はないから、この点よりする訴の利益を認めることはできない。

次に、訴をもつて瑕疵ある株主総会の決議を取り消すことが、取締役或は新株引受人に対しその責任追求の訴を提起する前提となるか否かについて考える。取締役が法令に違反し不公正な価額で新株を発行した場合には商法第二六六条第一項第五号により会社に対し任務懈怠に基く損害賠償義務を生じ、原則として株式の公正な価額と実際の割当額との差額について責任を負うべく、もし会社が取締役に対しその責任を追求しない場合には、株主は同法第二六七条により会社に代つて自ら取締役の責任を追求する訴を提起できるが、しかし叙上法条に従う起訴に当つてはその方法につき何らの制限なく、もとより株主総会決議取消の確定判決を得ることがその前提要件をなしておると解すべき根拠はない。従つてもし本件において取締役に対し責任を追求するがためには、取締役が株主総会において商法第二八〇条の二第二項後段所定の理由開示を故意又は過失により適法になさなかつたため、第三者が不公正な価額で新株引受権を与えられ、新株が発行された結果、会社が損害を蒙むるに至つたことを主張立証すれば足るものと解せられる。勿論株主総会の決議成立手続の瑕疵は、その決議の日から三ケ月以内に取消の訴を提起しなければ、最早これを主張することができなく、右提訴期間の経過により手続の瑕疵は治癒されると解すべきはいうまでもないが、そうであるからといつて右提訴期間の経過とともに取締役の法令違反行為に対する責任までも当然に消滅するに至るものとは解せられない。蓋し取締役の法令違反行為が、一面において株主総会決議取消の原因となり、他面において取締役に対する損害賠償責任の原因を構成し、二面の効果を生ずるとはいうものの、それはそれぞれ別個の法律要件を形成しておるからである。ただ、右両者は事実上密接な関係を有するから、もし前者の決議取消の訴が確定した暁は後者の取締役に対する責任追求につき立証上便宜となるものといえるが、これをもつて決議取消の訴をなすに足る法律上の利益とはいい難い。又新株引受人が取締役と通謀していちじるしく不公正な価額で新株を引き受けた場合には商法第二八〇条の一一第一項により会社に対し公募価額との差額の支払義務を生じ、もし会社が新株引受人にその責任を追求しなければ、株主は同条第二項に基き会社に代つて新株引受人の責任を追求する訴を提起できるが、この場合においても、その起訴については何らの制限はなく、勿論株主総会決議取消の確定判決あることがその前提となるべき根拠はないから、単に同条所定の要件を主張し、立証すれば足るものと解せられる。しからば、本訴は取締役或は新株引受人に対する責任追求の前提としてもその法律上の利益を認めることはできないから、この点よりも訴の利益あるものとなすことができない。

その他本訴について、判決を求める法律上の利益を見出し得ない。

以上のとおりであつて、本件訴は本案について判断するまでもなく、法律上の利益を欠くものとして却下すべく、措辞において若干異なるところがあるとはいえ、これと同一の見地に出でた原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつてこれを棄却すべきものとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 二宮節二郎 裁判官 奥野利一 裁判官 大沢博)

控訴理由に対する答弁

被控訴人はその事実上及び法律上の主張につき原判決事実摘示の外左の通りこれを追加する。

一、控訴人の本件訴は訴の利益がないので不適法であつて却下すべきものである。即ち

(1)  控訴人は本件株主総会の決議の取消を主張するが、この総会において決議された新株式は既に発行済であつて、右決議が取消されても新株発行を無効にならしめるものではないから、本訴を新株発行無効の訴と解しても訴の利益を認める余地がない。

(2)  また控訴人が本件訴を取締役及び新株引受人等に対する責任追及の前提として提起したものと解しても、この場合、株主総会の決議を取消すまでの必要はないから、やはり訴の利益はないと解すべきである。

二、仮りに本件訴の利益が存するとしても控訴人の請求は以下の理由により失当である。即ち

控訴人は株主以外の者に新株引受権を与えるには、与えることを必要とする客観的、合理的且具体的理由がなければならぬと主張する。そしてそれは、資本調達上に関連した理由であることを基本的条件と解するとされ、本件の場合はその理由に該当しないので、決議は法令に違反し且著しく不公正であるので取消さるべきであるとされている。然しこれは商法第二八〇条の二の解釈を誤つているものといわなければならない。その理由はすべて第一審答弁書において述べた通りであるが、被控訴人は次の通り補足する。

(イ) 商法第二八〇条の二第二項にいうところの「与ふることを必要とする理由を開示することを要す」の条文上には、理由についても、開示についても何らの制限がない。第二項が商法改正によつて新たに追加された立法の趣旨は、取締役の権限の濫用を防止する意味もあるに違いないが、それだからこそ取締役会の決議の外に特別決議を必要とし、理由の開示を必要としているのであつて、その理由や開示についてまでその外に制限をつけているわけではない。従つて理由の開示の程度は、その理由が株主にとつて理解ができて、原案賛否の決定について判断するに足る資料であれば充分であるといわなければならない。

普通の株主総会を招集する際に、株主に対して会議の目的たる事項を記載した通知を発送する必要があるが、その通知書はその目的事項を株主が理解しうる程度の記載があれば充分であるといわれているのと同様である。

(ロ)控訴人の主張のように、客観的、合理的理由があることを必要とすれば、如何なる場合にそれがあるのかという標準を定めることがきわめて困難である。新株を発行する理由も、その引受権を株主以外の第三者に与ふる理由も、具体的な事例についてみれば千差万別であつて、如何なるときに客観的であり合理的理由であるかは全く判然としない。また控訴人は、資本調達に関連することを絶対的必要事項とされているが、新株を発行することはすべて資本の調達のためであるので、たとえ第三者に引受権を与えると否とにかかわりなくすべて資本調達に関係しないものはない。まさに語るにおちるといわなければならない。

(ハ) 仮りに控訴人主張のように、合理的、客観的理由がなければならないと仮定しても、本件の如く役員及び従業員に新株引受権を与えることが、客観的、合理的理由を欠くとは断定できない。控訴人は、新株を引受けてもよいという資金主が現われるとか技術提携をなす必要があるとか、その他資本調達上の必要がある場合と本件の場合とが全く正反対であると主張されるけれども、役員及び従業員の長期間にわたる労苦に酬い且今後の協力を一層求めるために、これらの者に株主でなくても新株引受権を与ふることは、企業運営上も必要なことといわなければならない。かかる者に与ふることを客観的、合理的理由を欠くとするいわれは少しもない。控訴人は株主に原則として新株引受権が全部が全部あるもののように錯覚されているのではなかろうか。現行商法は株主には原則として新株引受権はないものとしているものであつて、これに附与するか或いは公募するかは取締役会の権限に任されているものである。商法第二八〇条の二第一項第五号の「新株の引受権を与ふべき者」というのは、株主に限らず株主以外の者をも含むのであつて、その何れに与ふるか、何れにも与へないか等定款に規定がなければ一に取締役会の決定事項となしている趣旨からみても明らかである。

従つて株主以外の者に新株の引受権を与ふることが、直に一般株主権の侵害であると断定するのは現行商法を曲解しているものといわなければならない。取締役が不公正な方法や価額でこれを発行する場合の措置については商法は別途に規定しているのをみても明らかである(二八〇条の一〇、同一一)。

控訴代理人の準備書面

一、原判決は、控訴人の本件訴は、既に被控訴会社に於て株券発行済であるから、本訴は訴の利益がないとして、これを却下したが、それは、法律上の解釈を誤つたものと言うべきである。次に、その理由を陳述する。

(1)  株主総会決議の瑕疵を主張する方法として、現行商法は、決議取消の訴(商法第二四七条)と決議無効の訴(商法第二五二条)とを区別して規定している。言うまでもなく、決議取消の訴は、決議が一応、その法的効力をもつことを承認し一定要件の下に、その効力を否定する場合である。この点は新たなる権利関係の形成を求めるものであるから、もとより創設の訴である。従つて、その起訴権者が法律によつて特定され、出訴期間も定められているのである(商法第二四七条第一項、同第二四八条第一項)。

訴訟の目的としての創設請求は新たなる権利関係の形成若しくはその形成要件をもつてその権利内容とする訳であり、創設の訴は、常に法律の規定に基くのであつて、法律の規定に基かずして判決によつて新たなる権利関係を形成し得るものではない。しかも、株主総会決議の取消については、効力不遡及の規定がないから取消の結果は既往に遡及するものであつて、これが取消の本来的効力である。然るに、経済界の事情等を考慮し、既成事実の尊重とか、法的安定の要求とかに支配され、取消の効力は既往に遡及しないとする学説もあるけれども、畢竟するに、それは立法論であつて、現行商法の解釈論ではあり得ない。

(2)  控訴人に於ては、被控訴会社がなした本件株主総会決議は(原審提出第二準備書面記載の如く)、その決議には、法令違反の点及び、著しき不公正の点等の二点があり、商法第二四七条の規定によつて取消さるべきものであることを主張して来たのであつて、その決議が、控訴人主張の如く、取消されるに於ては、前記(1) に於て陳述した如く、その効力は当然、遡及し、決議が当初よりなかりしことになるのである。

(3)  前記の如き瑕疵ある決議をなさしめた取締役等に於て、会社に対し蒙らしめた損害等について、その責任を追及さるべきこととなるのであるが、その追及は当該決議を取消すとする創設的判決があつてこそ、初めて可能になるのである。

原判決の如く、かかる責任を追及する場合、商法第二四七条の取消の訴は必要ではないと解釈するが如きことは許されないのであつて、少くとも、決議の取消原因ある場合、商法所定の期間内に取消の訴を提起し、その訴訟についての判決があつて初めて、取締役等に対する責任追及の正否が判定されるものである。もし、原判決の言う通り、ただ慢然と、決議に瑕疵があつて、取消さるべきものであると主張し、その決議によつて損害を蒙つたとして株主等より訴を提起した場合、必ずや、その取締役等は、本件決議は法定の期間経過により、何等違法、瑕疵のない、完全に有効なる決議として存し、かかる損害を賠償すべき理由はないとして、原告等の主張が排斥されることになるであろう。この点よりしても、原判決の解釈の誤れることは明白である。

(4)  以上の各点より考えてみても、本件取消の訴は、民事訴訟法上の訴の利益を有するものである。

二、株主の新株引受権について、

(1)  元来、新株引受権は、株主の利益のためにこそ認められているものである。現行法下に於ては、新株引受権を与える者を決定するのは取締役会であるが、理論的には、新株引受権は株主に帰属すべき筋合のものである。然しながら現実には資本調達の機動性を失わしめる結果を招くことを避けるために、株主以外の者に新株引受権を与える場合を考慮した結果この点につき商法改正が行われた訳であるが、株主に新株引受権を与える場合は、株主の会社支配比率維持の点から言えば当然なるを以て、これが無条件なるも、株主以外の者に与える場合は、株主の会社支配比率に変更を生じ且つ取締役の権限濫用の恐れがあり、これがため、株主以外の者に新株引受権を与える場合については、特に厳格に商法の規定を解釈する必要があるのである。

(2)  本件の決議当時、株主以外の者に与えるべき新株引受権につき、取締役中の一人が、その半数を取得することを内包、隠蔽して、一般株主にその適否の判断を誤らしめ、以て本件決議を招来したのであつて、結局、理由の開示に欺瞞の事実あるに帰するのである。

以上事実並びに控訴人が原審に於て陳述した如く、本件株主総会の決議は、必ずや取消さるべきものであると確信する。

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